教育問題をマンガで啓蒙すべく数学教師を辞めた人気漫画家の
江川達也と、「絶望に効くクスリ」(全巻持ってます)で
自殺率の高すぎる今の日本を憂い、生きるための希望を模索する
悩める漫画家山田玲司(江川氏のアシ経験あり)の対談です。
アタマ良すぎて学校嫌いなクールな理系頭脳を持つ天才江川氏と、
アタマ悪すぎて学校嫌い(いや山田氏はとても賢い方ですが、
いわゆる学校の勉強は得意でなさげ)なホットな文系脳を持つ
山田氏が、それぞれの視点で、なんで今の学校制度はマズいのか、
時に建設的に、時に非建設的に語り明かしています。
私は山田氏のものの考え方が好きですね。
説得力ありすぎる江川氏のシステマチックな考え方は、是非とも
政治家の皆さんに読んでもらいたい。
山田氏はやや感情論に流されがちではありますが、
まず、理想ありきでしょう。
36色の色鉛筆のような学校ね。
赤い学校には、赤が合う子供が行けばいい。
合わないと思えば、違う色に簡単に移れる。
彼のたとえはわかりやすい。
カエル、鳥、ライオン、タコ、羊がいる教室で、
鳥先生が、なんで飛べないんだー!と怒っている。
ストレスをためた生徒は、姿形の奇妙なタコをいじめて発散する。
でも、古い教育制度でそれなりに育ってきた私には、
このあたり、悩むところなのだ。
自分に合わない環境、合わない人と、距離の置き方を学びつつ
ある程度の人数の中で、自分の立ち位置を見つける練習、
学校って、私にとってはそんな場所だった。
ただ、昔は、「異物排除」の動きが、現在の学校ほど顕著じゃ
なかった気もする・・・。
いろんな家庭の子がいる学校だった。
生活保護を受けている家庭の子。八百屋の跡継ぎ。
社長令嬢。フツーのサラリーマン家庭の子。障害のある子。
当然、からかいやいじめもあったけれど、
目に見える形であり、とめる子も諭す大人もいた。
だから、20年前に中学を卒業している自分には、
今の現場の事情がいまひとつ、よくわからない部分がある。
大人(社会人)になるまでは、自分に合う環境で最小限の我慢で
伸びやかに育つべきなのか、
それは、いつまでも自分探しを続けて稼げる大人になれない
甘えた青少年を増やしてしまうのか。。。。
わからない。
ただ、首を吊りたくなってまで、行くところでもないし、
合わせる相手でもないと思う。
我が子らには、社会っていうのはわかってくれないもの、
気のあう人を見つけ、合わない人との距離のとりかた、
かわしかたを学ぶ場所で、勉強は二の次だよ、と今の次点では
言っている。
わからない。
変わるかもしれない。
勉強は二の次は変わらないと思うが、
人間関係の学び場が、学校しかないとも実際、思っていない。
行けるなら、行ったほうがいい。
行けない何かが出てきたら、そのとき、また考えねばなるまい。
山田氏が以前から提唱している、学校が塀で囲まれた「安全な」
場所であるべきではなく、老人ホームや職人さんの仕事場や飲み屋があるような小さな町、コミュニティの一部であるべき、という考え方は賛成だ。
新卒者を教師として採用すべきでない、という考え方は、
正直、賛成とも反対とも。
人生を教える立場が教師ならば、何年か社会人経験を積んでから、
というのはわかる。
でも、数年間、社会人しただけで、「人生を教えられる」ようになると思う?
それって、子供を産んだことない保母さんには任せられない、
身内が病死した医者にしか診てほしくない、
そっちに行っちゃわないだろうか。
先生も、発展途上じゃだめ?
大学に行くための勉強を教える人材なら、新卒でうってつけだよね。
だから、いろんな先生がいるといいんだよね、きっと。
年齢、性別、経験値が。
私は自分の兄弟が私学の教師だ。
純粋培養、私立しか知らずに大学院まで出て、
母校の小学校で先生をしている。
人にあたまを下げる経験もほとんどしてない。
まぁ内部では校長とかにガンガン怒られてはいるだろうけど。
学生時代、アルバイトも家庭教師だったから。
先生、と学生時代から言われていたわけだ。
知識でしか世の中のことは知らない。
でも、学校で教えるのは知識なのだ。
ものの考え方も教えるが、果たして、ものの考え方なんて、
人に教えられるのか?
学び取るものじゃないか? 本や映画や周囲の大人や事件や・・・。
まとまらないのでこのくらいに。
私は、江川氏がいうところの、「家畜化されたい」生徒だったと思う。だから学校生活はとてもラクだった。
好きではなかった。人生でどうしても通過しなきゃならない
息苦しいトンネル、くらいに思っていたので、
おとなしく家畜でいれば、その先が食肉工場であろうと、
柵から出られるとのんきに過ごしていた。
知識は学校で得た。
協調性なんかも学んだかも。
生きるためのスキルは、今も学び続けている。



